ある猫の話〜前編〜

6年前の10月、僕が現場管理を任されていたある温泉施設で、

 

1匹の子猫が見つかりました。

 

その施設のスタッフが交代で餌をあげ、まだ生後間もなく性別も分からない子猫を、

 

「ノラくん」と呼ぶ人もいれば「タマちゃん」と呼ぶ人、「虎徹」なんていう、

 

もし女の子ならなかなか気合いの入った名前で呼ぶ人もおり、

 

備品の空き箱の中に毛布を敷き詰め、秋口の冷たい風をしのげる、

 

温泉のボイラー室をその子猫の寝床にしてあげていました。

 

40代から70代の男女スタッフ、それぞれの経験もあり価値観も違う人種が働く職場は、やはり和気あいあいとは行かず、

 

いつも「はさみを置く位置が違う」や「誰々はギリギリの時間に来る」、

 

「誰々とは一緒に働きたくない」といった、本当にくだらない、

 

けれど現場管理担当者として、一番の課題である「現場スタッフの雰囲気作り」に頭を悩ませていたのに、

 

その子猫の世話をみんなでするようになり、その話題でスタッフ間の人間関係も徐々に良くなっていきました。

 

「異常なし」しか書いてくれなかった連絡・引き継ぎノートにも、

 

「ノラちゃん、今日はご飯いっぱい食べました。夜勤の方は、水がなくなっていたらあげてください♪」や、

 

虎徹、本日も元気。だが僕にはどうも懐かない。◯◯さんが持ってきてくれた煮干しを食べるときだけ近くに来てくれる」などなど...

 

石鹸の在庫チェックは忘れるくせに、子猫の餌は予備の予備の予備予備まで用意してるのにまた買ってくるし...。

 

とにかく、そうやってコミュニケーションを取り合うと、業務にも良い影響があるもので、

 

「スタッフの対応が良い」「みんなが笑顔でまた来たいと思った」と書かれた来館者アンケートをたくさん頂きました。

 

それから1ヶ月ほど経ち、携帯が鳴りました。

 

現場のスタッフからでした。

 

現場スタッフ「猫嫌いの支配人に子猫のことがバレて、いまから山に捨てに行くって言ってる!

なんとか引き止めたんやけど、スタッフの中で家で猫を飼える人がいない!

どうしよう、どうしたらいいのか分からなくて...」

 

大げさではなく、本当に泣いていて少しパニックになっているのがすぐに分かりました。

 

僕「とりあえず、そっちに行きます。とにかく落ち着いて。

普段通りの仕事を、普段通りにしてください。

きちんとやり切ってください」

 

僕自身も冷静ではなかったと思います。

 

別の担当現場にいた僕は現場主任に後のことを任せて、その温泉旅館に向かい2時間ほどで到着しました。

 

子猫がいる段ボールを抱えて本当に青い顔をして座り込んでいるスタッフ。

 

自分の勤務時間が終わってから、僕が到着するまでの間、ずっとそこにいたようでした。

 

「何とかするから。安心してください。何とかしてみるから」

 

 

 

 

続く

 

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